イエスさまが捕らえられた夜、
ペテロは中庭の焚き火のそばに座っていました。
炎は、冷えた体を温めてくれたことでしょう。
🌿けれど、火の光は――
彼の心の中にある不安や弱さまでも、静かに照らし出していきました。
仲間たちは散り、先の見えない夜。
どうしてよいか分からず、ただ寒さをしのぎたくて、
ペテロは火のそばに腰を下ろします。
その姿は、人生の長い道のりを歩んでこられた皆さんにも、
どこか重なるところがあるかもしれません。
🌿人は、弱っているときほど“すぐに安心できるもの”に頼る
年齢を重ねると、
体のこと、家族のこと、将来のこと……
心に小さな不安を抱える日もあります。
そんなとき、私たちはつい
「とりあえず安心できるもの」
「今だけでも楽になれるもの」
に手を伸ばしてしまうことがあります。
それは、ペテロが
真の光であるイエスさまから離れて
焚き火の光に近づいた姿と、
どこか似ています。
🌿光は、弱さを責めるためではなく、“気づかせるため”に照らす
焚き火の光は、ペテロの体を温めただけでなく、
彼の心の弱さも照らし出しました。
けれど、イエスさまは責めません。
むしろ、
「人は弱くて当たり前」
ということを、静かに受け止めてくださいます。
そして復活のあと、
イエスさまはペテロを探し、声をかけ、
再び歩みを託されました。
弱さがあったからこそ、
もう一度立ち上がる道が開かれたのです。
🌿今日の私たちにも、そっと差し込む光
心が沈む日や、誰にも言えない不安を抱える日。
そんなときこそ、
聖霊は イエスさまの光を
私たちの心の奥に届けてくださり、
「大丈夫。ここからまた歩いていけますよ」
と静かに語りかけてくださいます。
私たちを責めるのではなく、
本当の自分に気づき、もう一度歩き出すために
そっと寄り添ってくださいます。
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