2026年4月26日日曜日

4/18(土)14章53~54節 光がそっと照らしたもの

 イエスさまが捕らえられた夜、  

ペテロは中庭の焚き火のそばに座っていました。  

炎は、冷えた体を温めてくれたことでしょう。


🌿けれど、火の光は――  

彼の心の中にある不安や弱さまでも、静かに照らし出していきました。


仲間たちは散り、先の見えない夜。  

どうしてよいか分からず、ただ寒さをしのぎたくて、  

ペテロは火のそばに腰を下ろします。


その姿は、人生の長い道のりを歩んでこられた皆さんにも、  

どこか重なるところがあるかもしれません。


🌿人は、弱っているときほど“すぐに安心できるもの”に頼る

年齢を重ねると、  

体のこと、家族のこと、将来のこと……  

心に小さな不安を抱える日もあります。


そんなとき、私たちはつい  

「とりあえず安心できるもの」  

「今だけでも楽になれるもの」  

に手を伸ばしてしまうことがあります。


それは、ペテロが

真の光であるイエスさまから離れて

焚き火の光に近づいた姿と、  

どこか似ています。


🌿光は、弱さを責めるためではなく、“気づかせるため”に照らす

焚き火の光は、ペテロの体を温めただけでなく、  

彼の心の弱さも照らし出しました。


けれど、イエスさまは責めません。  

むしろ、  

「人は弱くて当たり前」

ということを、静かに受け止めてくださいます。


そして復活のあと、  

イエスさまはペテロを探し、声をかけ、  

再び歩みを託されました。


弱さがあったからこそ、  

もう一度立ち上がる道が開かれたのです。


🌿今日の私たちにも、そっと差し込む光  

心が沈む日や、誰にも言えない不安を抱える日。

そんなときこそ、  

聖霊は  イエスさまの光を  

私たちの心の奥に届けてくださり、  

「大丈夫。ここからまた歩いていけますよ」  

と静かに語りかけてくださいます。


私たちを責めるのではなく、  

本当の自分に気づき、もう一度歩き出すために

そっと寄り添ってくださいます。

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4/26(日)16章1~8節 問題の石の先にある備え

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