🌿心配する前に、神はすでに備えておられる
イエスの墓へ向かった三人の女性たちは、道すがらこう話していました。
「誰があの石を転がしてくれるのでしょう」
彼女たちにとって、石はどうにもならない大きな問題でした。
しかし、墓に着いてみると――
その石はすでに転がされていました。
マルコ16章には、彼女たちが心配する前に、神の側ではすでに三つのことが備えられていたと描かれています。
1. 石は動かされていた
2. イエスはよみがえっておられた
3. ガリラヤでの再会が約束されていた
女性たちが「どうしよう」と思っていた時、
神はすでに救いの中心を完成させておられたのです。
🌱 埋葬の場面にも見える「神の備え」
イエスの埋葬の場面でも、神の準備がありました。
アリマタヤのヨセフという、
- サンヘドリン議員であり
- 社会的信用があり
- 新しい墓を持つ裕福な人物
が、ちょうどその時、ちょうどその場所に備えられていました。
イエスが確かに死に、確かに葬られたことを証しするための、
神の“舞台設定”のようです。
🌿 はるか昔から備えられていたご計画
この流れを見ていると、
神のご計画は、私たちの心配よりもずっと前から動いているのだと気づかされます。
ローマ8:28にはこうあります。
📖「神を愛する人々には、すべてのことが益となるように働く」
“すべてのこと”には、
私たちの不安も、弱さも、思いがけない出来事も含まれています。
女性たちが「石はどうしよう」と思っていた時、
神はすでに石を動かしておられました。
私たちが「どうなるのか」と心配している時、
神はすでに“ガリラヤでの再出発”を準備しておられます。
🌿 今日の私たちへの励まし
人生には、私たちの力では動かせない“石”のような問題があります。
- 家族のこと
- 健康のこと
- 教会のこと
- 将来のこと
けれど、マルコ16章は静かに語ります。
「あなたが心配する前に、神はすでに働いておられる」
私たちが見えるのは石だけでも、
神はその向こう側で、復活の光を準備しておられるのです。
信仰とは、
“すべてを理解してから歩き出すこと”ではなく、
“神が先に働いておられると信じて、小さな一歩を踏み出すこと”なのかもしれません。
主よ。問題の石の先を進まれる神さまに目を向ける信仰を与えてください。
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