14章には、イエスが裏切りを予告し、最後の晩餐を弟子たちと囲む場面が描かれています。
そこには、重く沈むような空気があります。
裏切り、孤独、そして十字架の死が迫っているからです。
けれども、この深い悲しみのただ中で、イエスは神をほめたたえ、感謝の祈りを捧げ、賛美の歌を歌われたと記されています。
このお姿に胸が熱くなります。
🌿悲しみではなく、賛美を選ぶ愛の深さ
普通なら、恐れや不安に押しつぶされてもおかしくない場面です。
それでもイエスは、神を信頼し、感謝し、賛美を選ばれました。
そのお姿に、
「主の愛は、どこまで深く、どこまで広いのだろう」
と思います。
この愛は、弟子たちだけでなく、裏切る者にも、そして時代を越えて私たちにも注がれています。
🌿私の存在と救いをイエスが喜んでおられる
イエスの行動を見つめていると、ふと気づかされます。
・この愛は、私にも注がれている
・私の存在と救いを、イエスが喜んでおられる
そう思うと、心の奥に小さな光が灯るようです。
自分を責めてしまう日も、弱さに立ち止まる日も、イエスは変わらずに私を見つめ、喜んでくださっている。
その確信は、静かな力になります。
🌿だから、前を向いて歩いてゆける
イエスが賛美を選ばれたように、どんな状況の中でも神ご自身を私の喜びにしたい。
それは無理に明るくふるまうことではなく、
「愛されている」という事実に立ち返ることなのだと思います。
その愛に支えられているからこそ、私は前向きに歩いてゆける。
たとえ小さな一歩でも、イエスはその歩みを喜んでくださる。
そう信じられることが、今日の希望です。
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