不安が多い時代ほど、人は「いつ終わりが来るのか」に心を奪われがちです。
しかしイエスは、時を知ることではなく「目を覚ましていること」を求められました。
聖書が重視するのは、“いつか”ではなく“どう生きるか”です。
🌿「目を覚ます」とは何か
聖書のいう「目を覚ます」とは、恐れて緊張することではありません。
・ 神を忘れずに歩む
・不安や怒りに心を支配されない
・ 人を愛し、祈り、誠実に歩む
・自分に託された小さな務めを大切にする
つまり、神の子としての姿勢を保ち続けることです。
🌿「家」が指すもの
主人が旅に出て、しもべに「家」を任せるたとえ(34~36節)
この「家」は、
神が造り、今も支配しておられる世界(歴史)を指します。
・主人=キリスト
・家=神の支配のもとにある世界
・しもべ=神に信頼する者たち
私たちは、神の国の“途中の世界”を託されて生きているのです。
🌿 目を覚ましつつ、割り当てられた務めを果たすには ?
イエスは「それぞれに仕事を割り当てた」と言われました。
誰もが神から固有の務めを受けています。
・小さな忠実を積み重ねる(今日できる親切・祈り・感謝)
・不安に心を奪われすぎない(知らなくてよい時を追わない)
・自分の「神に覚えられている尊厳」を思い出す
・弱さのまま神に信頼する
強さではなく、誠実さが神の目に尊いのです。
🌿今日も、神とともに誠実に歩めますように。
0 件のコメント:
コメントを投稿