2026年4月5日日曜日

12章18~27節 生きている者の神?

 後半の26~27節を中心に解説します。

ここはただ読むだけでは、わかりにくい箇所ですね。

📖26節

死人がよみがえることについては、

モーセの書にある柴の箇所で、神がモーセにどう語られたか…


🌿サドカイ人たちは、復活を信じていませんでした

彼らはモーセ五書(創世記~申命記)だけを権威とし、

そこに復活の明確な記述がないとして、復活を否定していました。

イエスは、彼らが最も重んじる「モーセ五書」から反論します。

これは非常に戦略的で、相手の土俵で議論して勝っているのです。


📖26節

わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である


これは出エジプト3章で神がモーセに語られたことです。

◆ここで神は

「わたしは(I AM)」と現在形で語っています。

しかし、

アブラハム・イサク・ヤコブはその時点でとっくに亡くなっています。

それなのに神は

「わたしは彼らの神だ」と語るのです。

・神が「彼らの神である」と現在形で言う

ということは

彼らが神の前で生きているということ。

・つまり、死んだら終わりではなく

神のもとで生き続けている。

だから、復活は真実である。

イエスは文法(時制)に注目して、復活の事実を示しているのです。


🌿「神は生きている者の神」とは

・神は、永遠に生きる者たちの神

・神との関係は、死によって断ち切られない

これは、

神との関係は永遠である  

という宣言でもあります。


🌿まとめ

◆死は終わりではない

アブラハムもイサクもヤコブも、

そして私たちも

神の前で永遠に生きる。

神との関係は死を越えて続きます。


◆神は“今”あなたの神

「わたしはあなたの神である」

という約束は、永遠に変わりません。


◆神はあなたを忘れない

アブラハムたちを「生きている者」と呼ばれる神は、私たち一人一人の存在も永遠に覚えています。


※彼らの質問に対する25節の答えについては、次のブログに掲載します。

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