2026年4月27日月曜日

4/20(月)14章66~72節 弱さと希望

イエスが裁判にかけられていた夜、弟子ペテロは中庭でその様子を見守っていました。  

しかし、そこで彼は三度「イエスを知らない」と否認してしまいます。  

鶏の声が鳴り、イエスの言葉を思い出した瞬間、ペテロは深く泣きました。


この短い場面には、私たちの日常にも響く大切なメッセージが込められています。  

今日は、その4つを丁寧にたどってみたいと思います。


🌿1. 人間の弱さ:勇気と臆病さは同じ心の中にある


ペテロは、誰よりも勇敢にイエスを守ろうとした弟子でした。  

「たとえ皆がつまずいても、私はつまずきません」と言い切ったほどです。


けれど、いざ自分が危険にさらされると、  

その勇気は影をひそめ、「知らない」と否定してしまう。


ここには、強さと弱さが同じ人の中に同居している現実が描かれています。  

私たちも、  

- 正しいと分かっていても言えない  

- 大切な人を守りたいのに、怖くて動けない  

そんな矛盾を抱えることがあるかもしれません。


ロの姿は、弱さを責めるためではなく、  

「弱さを抱えたままの私たち」を理解してくれる視線を思い出させてくれます。


🌿2. イエスの言葉の確かさ:失敗も、回復も見通しておられる


イエスは、ペロが否認することを前もって告げていました。  

それは「あなたはダメになる」という冷たい宣告ではありません。


イエスは、  

- ペロの弱さを知り、  

- それでも彼を弟子として受け入れ、  

- その先の回復まで見通しておられた。


イエスの言葉の確かさとは、  

人の失敗を見抜く鋭さだけでなく、  

その人が立ち直る未来まで包み込む深さでもあります。


「あなたは倒れる。でも、そこで終わりではない」  

そのようなまなざしが、この予告の背景にあります。


🌿3. 悔い改めの始まり:涙は関係が深まる転機


鶏の声を聞いたとき、ペロはイエスの言葉を思い出し、泣きました。  

その涙は、単なる自己嫌悪ではありません。


「愛してくださった方を裏切ってしまった」  

その痛みから流れた涙でした。


悔い改めとは、  

自分を責め続けることではなく、  

「もう一度、あの方の方へ向き直りたい」と願う心の動きです。


ロの涙は、  

イエスとの関係が終わった涙ではなく、  

本当の意味で深まり始める転機でした。


🌿4. 希望:失敗は終わりではなく、新しい使命の土台になる


ペトロは最も大切な場面で失敗しました。  

普通なら「もう立ち直れない」と思ってしまうような出来事です。


しかし、後に彼は教会の柱となり、多くの人を励ます存在になります。


神が用いる人の条件は、  

「一度も失敗しなかった人」ではありません。


深く倒れ、深く赦され、深く悔い改めた人こそ、  

他者に寄り添う器に変えられていく


ペトロの物語は、  

「失敗したから終わりだ」と感じている人に、  

静かにこう語りかけます。


ここからが、あなたの物語の新しい章になりうる

弱さの中にこそ、神の働きが始まる

という希望を示してくれます。

 

- 言うべきことが言えなかった日  

- 大切な人を守れなかった日  

- 自分の弱さにがっかりした日  

そんな日は

「信仰の創始者であり、完成者であられるイエス」に目を上げて、

この弱い自分を新たに造り変えてくださる主に、お委ねしたいと思います。

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