11章の締め括りを迎えました。
ここからイエスと宗教指導者たちとの議論が始まります。
🌿第一ラウンド 何の権威によるのか?
祭司長・律法学者・長老たちがイエスに問いかけます。
しかし、イエスは逆に質問を返し、彼らは答えられず沈黙します。
この沈黙こそ、マルコが私たちに見せたい“決定的な瞬間”です。
📖何の権威によって、これらのことをしているのか(11:28)
「これらのこと」とは、群衆の支持、神殿での教えや癒し、宮きよめなど、イエスの一連の行動すべてを指して質問しています。
これは単なる問いかけではありません。
イエスを罠にかけ、神殿の権威を持つ祭司長の許可無しに行ったとして失脚させるための、意図的な尋問でした。
しかし、マルコが描くのは単なる対立ではありません。
この場面は、私たち自身の心を映す鏡として置かれています。
🌿彼らは「知らなかった」のではなく、「認めたくなかった」
宗教指導者たちは、イエスの権威がどこから来るのか、本当は分かっていました。
・イエスの教えは力を帯びていた
・奇跡は神の働きとしか説明できなかった
・群衆はイエスの中に神の権威を見ていた
しかし、認めたくない。
イエスに対する妬みがあった。
そして、認めてしまうと
自分たちの立場・制度・利益が揺らいでしまう。
だから彼らは、
真理を知りながら、それを認めないための質問を投げかけたのです。
🌿 神の御心が正しいと分かっているのに従えない──人間の二重性
この姿は、私たちの心にも深く重なります。
神の御心がどちらか分かっているのに、
あえて背を向けたくなる瞬間があります。
・従えば、何かを手放さなければならない
・認めれば、自分の弱さが明らかになる
・変われば、周りの目が気になる
だから、
「分からない」「今は答えられない」と言って逃げたくなる。
マルコは、人間の心の弱さを宗教指導者たちの沈黙を通して描き出しています。
🌿イエスの問い
イエスはバプテスマのヨハネの例をあげて、逆に彼らに問いかけます。
「あなたはどう答えるのか」
神の御心を知ったとき、
私たちはどちらの道を選ぶのでしょう。
・真理に従う道
・沈黙して逃げる道
マルコは、読者自身の心を静かに照らします。
そして
「人は真理を知りながら従えない存在ではないだろうか」。
そんな人間の弱さを背負うためにイエスが十字架へ向かうことを、物語の流れの中で浮かび上がらせていきます。
マルコ自身、「最後まで従い通すことができずに」宣教旅行の途中で引き返してしまった苦い経験がありました。
福音書を書きながら過去の弱い自分を思い出していたかもしれませんね。
🌿私たちへのメッセージ
「あなたは、神の御心が分かったとき、どちらの道を選ぶのか。」
これは責めるためではなく、
私たちの心の深い所を優しいまなざしで見つめられるイエスの問いかけです。
同時に、
従えない弱さを抱えたままでも、イエスは私たちを見捨てない
という福音のメッセージも示しています。
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