2026年3月27日金曜日

10章42節 弟子たちを呼び寄せるイエス

 📖42節

そこで、イエスは彼らを呼び寄せて言われた。


「呼び寄せて」この動作は、マルコ10章全体の流れを貫く“イエスの姿勢”を表しています。


🌿 マルコ10章は“距離の物語”

イエスと人々の「距離」が何度も描かれます。

子どもたちを近づけまいとする弟子たち

イエスから離れていく金持ちの青年

イエスの思いからずれていく弟子たち

群衆がイエスについて行くが、恐れを抱いている

その中で、イエスは一貫して

人を自分のもとへ引き寄せる方

として描かれます。

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🌟 弟子たちの“ずれ”を、イエスが“呼び寄せて”整えます

10章の弟子たちは、イエスの思いと何度もズレます。

子どもを退ける(10:13)

金持ちの青年の件で驚き、理解できない(10:24–26)

ヤコブとヨハネが栄光の座を求める(10:35–37)

他の弟子たちは怒り出す(10:41)

つまり、弟子たちは

イエスの心から離れた場所に立ってしまっている。

そこで

イエスは彼らを呼び寄せて言われます。

これは単なる「集まれ」ではなく、

間違った方向に走り出した弟子たちを

正しい方向に引き戻しているのです。

これも羊飼いの姿ですね。

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🌿 10章のテーマは「神の国の価値観」

子どもが受け入れられる(10:15)

富ではなく、神に信頼する(10:23–27)

偉くなりたいなら仕える者に(10:43–44)

人の子は仕えられるためでなく仕えるために来た(10:45)

しかし、弟子たちはを理解できず、

世の価値観(権力・地位・成功)に引っ張られていました。

そこでイエスは彼らを呼び寄せ、

神の国の王が「権力や支配」ではなく、

「愛と信頼」で仕える姿を示されました。

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🌼 マルコ10章のクライマックスは“呼び寄せる王”の姿

10章の最後は盲人バルティマイの物語(10:46–52)。

ここでもイエスは同じ姿勢を示します。

バルティマイが叫ぶ

群衆は黙らせようとする

しかしイエスは言う 

「彼を呼んで来なさい」

ここでも「呼ぶ(φωνέω)」が使われ、

イエスの“招く王”としての姿が強調されます。

つまり10章は、

イエスは、弱い者・迷う者・誤解する者を、何度でも呼び寄せる方である

という一貫したメッセージで貫かれています。

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